
マネーロンダリング対策を扱う記事の多くは、犯罪収益移転防止法の「特定事業者」「取引時確認」「疑わしい取引の届出」という語を並べます。古物商がこの法律の特定事業者に含まれるかどうか、含まれるとして何をどの金額から行うかは、同法とその施行令・施行規則の条文を読まなければ確定しません。
この記事の基にしている一次情報に、犯罪収益移転防止法の条文は入っていません。したがって、適用の有無、対象取引の範囲、金額の敷居値、届出先、記録の保存年限のいずれも書きません。推測で埋めることもしません。
確認先は3つです。警察庁(犯罪収益移転防止対策室が同法に関する広報資料を公表しています)、金融庁、そして主たる営業所を管轄する警察署です。自店の取扱品目と取引形態を具体的に示したうえで、該当するかどうかを照会してください。
書けないことを書かないのは、記事を薄くするためではありません。誤った条番号や敷居値が社内規程に転記されると、その規程に従った運用そのものが誤りになるためです。ここは断定しないことのほうが実務的な価値を持ちます。
実際に起きる事故は、条文の理解不足ではなく用語の取り違えです。古物営業法第15条第3項は、買い受けようとする古物について不正品の疑いがあると認めるときに、直ちに警察官へ申告することを定めています。これは物に対する義務で、申告先は警察官です。
一方、資金の流れに着目した届出は制度としても宛先としても別のものです。この2つを「疑わしい取引の届出」という同じ見出しの下にまとめた社内マニュアルを作ると、現場は判断の基準も連絡先も区別できなくなります。物に疑いがある場面で資金側の手順を探し、時間を使うことになります。
書き分けの基準は単純です。古物営業法第15条第3項が発動するのは、古物そのものに不正品の疑いがあると認めたときです。相手方の資金の出所や取引の不自然さは、この条文が想定している判断対象ではありません。
社内文書に書くなら、確定している側を先に固定してください。古物営業法の義務は条番号まで書けます。犯罪収益移転防止法側は「該当するかを警察庁・金融庁・所轄警察署へ照会する」という一行を残し、回答を得た後に条番号を入れる形にします。空欄のまま運用を始めるほうが、誤った条番号を入れるより安全です。
法第15条第1項は、買受け・交換・委託を受けようとするときに、相手方の真偽を確認する措置をとることを定めています。措置は4つで、①住所・氏名・職業・年齢の確認、②本人署名のある文書の交付を受ける、③認定を受けた電子署名つきの電磁的記録の提供を受ける、④これらに準ずる国家公安委員会規則で定める措置です。
法第16条は、古物を受け取ったとき・引き渡したときに、その都度帳簿等へ記載することを定めています。記載事項は①取引の年月日 ②品目及び数量 ③古物の特徴 ④相手方の住所・氏名・職業・年齢 ⑤第15条第1項でとった措置の区分の5つです。
法第18条第1項は、帳簿等を最終記載の日から3年間、営業所等に備え付けることを定めています。電磁的記録の場合も3年間、直ちに書面に表示できる状態で保存します。第18条第2項は、き損・亡失・滅失したときに直ちに所轄警察署長へ届け出ることを定めています。
罰則も条文で確定します。法第33条第1号は第15条第1項の確認義務違反と第18条第1項の帳簿備付け義務違反に対して6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、第33条第2号は第16条の記載義務違反と虚偽記載に対して同じ罰を定めています。無許可営業は第31条第1号で3年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金です。2022年の刑法改正で懲役と禁錮が拘禁刑に一本化され、2025年6月1日に施行されているため、古い資料の「懲役」表記をそのまま使わないでください。
| 論点 | この記事で書けること | 確認先 |
|---|---|---|
| 犯罪収益移転防止法の特定事業者への該当 | 書かない(条文を確認できていない) | 警察庁・金融庁・所轄警察署 |
| 取引時確認の敷居値・記録の保存年限 | 書かない | 同上 |
| 疑わしい取引の届出の要件と宛先 | 書かない | 同上 |
| 相手方の真偽の確認 | 法第15条第1項の4つの措置 | e-Gov法令検索の条文 |
| 確認の免除 | 法第15条第2項第1号・施行規則第16条第1項の1万円(対価の総額で判定) | 同上 |
| 少額でも確認が要る古物 | 施行規則第16条第2項の7品目 | 同上 |
| 不正品の疑い | 法第15条第3項。直ちに警察官へ申告。物に対する義務 | 同上 |
| 取引の記録 | 法第16条の5つ。買取金額は含まれない | 同上 |
| 記録の保存 | 法第18条第1項の3年間/第18条第2項の亡失時の届出 | 同上 |
| 違反の罰則 | 第33条第1号・第2号は6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、第31条第1号の無許可営業は3年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金 | 同上 |
法第16条が定める5つの記載事項に、買取金額は入っていません。帳簿を見ても、その取引でいくら現金が動いたかは分かりません。資金の流れを見たい場合、法定帳簿だけでは足りないという構造がここにあります。
現場では、伝票・レジのジャーナル・会計データに金額が残ります。ただしこれらは古物営業法上の帳簿ではないため、記載事項も保存年限も法が定めていません。3年間の備付けが義務づけられているのは第16条・第17条の帳簿等の側です。
同一人物が短い期間に反復して持ち込む取引を把握したい場合、必要になるのは相手方の名寄せと金額の集計です。帳簿には相手方の住所・氏名・職業・年齢が残るので名寄せの材料はありますが、金額を突き合わせる作業は自店の記録側で組むことになります。
設計としては、法定帳簿の該当行と自店の金額記録を、取引の年月日と品目で紐づけられる状態にしておくのが現実的です。帳簿は3年分どの営業所にも必ず備え付けられているため、後から遡る起点として使えます。
法第15条第2項第1号は、対価の総額が国家公安委員会規則で定める金額未満の取引について確認義務を免除しています。この金額は施行規則第16条第1項で1万円と定められています。法第16条ただし書は「前条第2項各号に掲げる場合」を除外しているため、確認が免除される取引は記帳も免除されます。
条文が「対価の総額」と書いている点が実務に効きます。1点あたりではなく、その取引の合計で判定します。同じ相手から複数点を一度に買い受けるとき、合計が1万円以上になれば確認と記帳が要ります。
施行規則第16条第2項は、1万円未満でも確認が必要な古物を7つ挙げています。自動二輪車及び原動機付自転車(ねじ・ボルト・ナット・コード等の汎用部分品を除く)、エアコンディショナーの室外ユニットと電気温水機器のヒートポンプ、専ら家庭用コンピュータゲームに用いられるプログラムを記録した物、光学的方法により音又は影像を記録した物、電線、金属製のグレーチング、書籍です。
この7品目は、盗難品が流れやすいものとして規則に名指しされています。車両とエアコン室外機の窃盗、金属盗、万引き品の転売という背景がそれぞれにあります。取扱品目にこれらが含まれる店は、少額でも全件が確認と記帳の対象になり、記録の網が細かくなります。
その場で現金を渡せない非対面の買取では、代金の支払方法そのものが確認手段になります。法第15条第1項第4号の「国家公安委員会規則で定める措置」は、施行規則第15条第3項に13号列挙されています。
第三号は、金品を内容とする本人限定受取郵便物等を送付する方法で代金を支払うことを約する方法です。第六号は、住民票の写し等の送付を受け、その氏名の預貯金口座へ振込・振替で代金を支払うことを約する方法です。第七号は、身分証明書等の写しの送付を受け、その住所宛に転送しない取扱いの配達記録郵便物等を送って到達を確認し、同名義の口座へ振り込む方法です。
資金の流れという観点で見ると、この3つは受取人の名義を確認手段に組み込んでいます。申出人と代金の受領者が一致していることが、方法そのものによって担保される形です。現金手渡しの店頭買取には、この担保がありません。
第八号・第九号がeKYCで、第八号は容貌と写真付き身分証明書等を撮影させて画像情報の送信を受ける方法ですが、身分証明書等については厚みその他の特徴が確認できることが要件です。第十三号は、既に措置をとった相手に識別符号を付して既済であることを確かめる再取引の簡略化です。どの号を使ったかは第16条第5号の記帳事項として残ります。
警察庁「令和7年中における古物営業・質屋営業の概況」によると、令和7年中の古物営業法違反の検挙は19件・12人でした。態様別の内訳は無許可7件、身分確認3件、帳簿等記載3件ほかです。
行政処分は総数874件で、内訳は指示855件、営業停止8件、許可取消し11件です。この874件を令和7年末の古物商許可件数614,118件で割らないでください。処分の端緒と許可件数は母集団が一致せず、割った値は処分率になりません。
この統計に、資金洗浄を理由とする検挙や処分の区分はありません。件数が公表されていない以上、古物商における資金洗浄の実態を数字で示すことはできません。他社の記事に件数が書かれていた場合、出典を確かめてください。
公表されているのは、許可・確認・記帳という手続き側の不履行です。無許可7件、身分確認3件、帳簿等記載3件という並びは、対策の順番を示しています。犯罪収益移転防止法の該当を照会しつつ、古物営業法側の確認と記帳を先に固めるのが実務の順序になります。
規程を1枚にまとめようとすると、確定していない部分を埋めたくなります。分けて書いてください。第一部を古物営業法の義務、第二部を犯罪収益移転防止法の該当照会、という構成にします。
第一部には条番号を入れます。第15条第1項の4つの措置、第15条第2項第1号と施行規則第16条第1項の1万円、施行規則第16条第2項の7品目、第15条第3項の不正品申告、第16条の5つの記載事項、第18条第1項の3年間、第18条第2項の亡失時の届出。ここは今日書けます。
第二部には、照会先と照会日と回答欄だけを置きます。警察庁、金融庁、所轄警察署の3つに、自店の取扱品目と取引形態を示して照会し、回答を得てから条番号と手順を書き入れます。回答が出るまでは空欄のままにしておいてください。
運用の測り方も第一部側で決められます。確認の措置の区分(第16条第5号)が実際に書き分けられているか、1万円未満で免除した取引の件数がどれだけあるか、7品目を扱う取引で少額の確認漏れが出ていないか。この3つは法定帳簿から数えられるため、外部のデータを待たずに始められます。
| # | チェック項目 |
|---|---|
| 1 | 社内規程で、古物営業法の義務と犯罪収益移転防止法の該当照会を、別の章に分けて書いたか |
| 2 | 犯罪収益移転防止法の該当を、警察庁・金融庁・所轄警察署のいずれかへ照会したか。照会日を記録したか |
| 3 | 回答を得るまで、条番号と敷居値の欄を空欄のままにしてあるか |
| 4 | 法第15条第3項の不正品申告(物に対する義務)と、資金側の届出を、社内文書で書き分けたか |
| 5 | 確認の免除を、1点あたりではなく対価の総額で判定しているか |
| 6 | 施行規則第16条第2項の7品目を扱う場合、少額でも確認と記帳をしているか |
| 7 | 第16条第5号の「措置の区分」を、実際に帳簿へ書き分けているか |
| 8 | 非対面の買取で、施行規則第15条第3項の何号の方法をとっているかを特定したか |
| 9 | 法定帳簿に買取金額が載らないことを踏まえ、金額を紐づける自店の記録を用意したか |
| 10 | 帳簿を電磁的記録で保存している場合、3年間、直ちに書面へ表示できる状態にしてあるか |
| 11 | 帳簿のき損・亡失時に、直ちに所轄警察署長へ届け出る担当と経路を決めたか |
| 12 | 「懲役」ではなく「拘禁刑」(2025年6月1日施行)で社内資料を更新したか |
他社の記事や市販のひな形から、犯罪収益移転防止法の条番号・敷居値・届出先をそのまま社内規程へ転記するケースです。適用の有無と要件は同法とその施行令・施行規則を読まなければ確定せず、誤った数値が入った規程はその規程どおりの運用そのものが誤りになります。警察庁・金融庁・所轄警察署へ自店の取扱品目と取引形態を示して照会し、回答が出るまで欄を空けたまま運用してください。
古物営業法第15条第3項の不正品申告と、資金の流れに着目した届出を、同じ見出しの下にまとめるケースです。第15条第3項が発動するのは古物そのものに不正品の疑いがあると認めたときで、申告先は警察官、条文の要求は「直ちに」です。承認を挟む手順を組むとこの要件を満たせません。判断対象も宛先も違うため、社内文書では章を分けてください。
行政処分874件を許可件数614,118件で割り、リスクの大きさとして社内へ示すケースです。874件の内訳は指示855件・営業停止8件・許可取消し11件で、端緒と母数が一致しないため比率になりません。検挙は19件・12人で、態様別は無許可7件・身分確認3件・帳簿等記載3件ほかです。公表統計に資金洗浄の区分は存在しないため、件数を根拠に優先順位を決めることはできません。
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| 古物商は犯罪収益移転防止法の特定事業者に当たりますか | この記事では断定しません。同法の条文を確認できる一次情報が手元になく、適用の有無・対象取引・金額の敷居値・届出先のいずれも確定できないためです。警察庁、金融庁、そして主たる営業所を管轄する警察署の3つに、自店の取扱品目と取引形態を具体的に示して照会してください。回答を得るまで、社内規程の該当欄は空欄にしておいてください。 |
| 古物営業法だけで、資金の流れを追えますか | 追えません。法第16条の記載事項は取引の年月日・品目及び数量・古物の特徴・相手方の住所氏名職業年齢・第15条第1項でとった措置の区分の5つで、買取金額は含まれていません。帳簿から分かるのは、誰から何をいつ受け取ったかまでです。金額を軸に見たい場合は、伝票やレジのデータを自店で用意し、取引の年月日と品目で帳簿の該当行に紐づけてください。 |
| 1万円未満に分けて買えば確認は不要になりますか | 条文は「対価の総額」で判定すると書いています。法第15条第2項第1号の金額は施行規則第16条第1項で1万円と定められており、1点あたりではなくその取引の合計で見ます。加えて施行規則第16条第2項の7品目、すなわち二輪車、エアコン室外ユニット等、家庭用ゲームのプログラムを記録した物、光学的方法で音又は影像を記録した物、電線、金属製グレーチング、書籍は、金額に関係なく確認と記帳が要ります。 |
| 非対面の買取で、支払方法を確認手段にできますか | 施行規則第15条第3項に、支払方法と組み合わせた方法が並んでいます。第三号は金品を内容とする本人限定受取郵便物等を送付する方法で代金を支払うことを約する方法、第六号は住民票の写し等の送付を受けその氏名の預貯金口座へ振り込む方法、第七号は身分証明書等の写しの送付と転送しない取扱いの配達記録郵便物等による到達確認に加えて同名義口座へ振り込む方法です。いずれも申出人と受領者の一致を方法自体で確認しています。 |
| 疑わしいと感じた取引は、どこへ連絡すればよいですか | 古物そのものに不正品の疑いがあると認めたときは、法第15条第3項により直ちに警察官へ申告します。ここは条文で確定しています。資金の流れの不自然さを理由とする届出については、そもそも自店が対象事業者に当たるかを確認できていないため、この記事では宛先も要件も書きません。警察庁・金融庁・所轄警察署へ照会したうえで、回答に沿って手順を作ってください。 |
| 統計上、古物商の資金洗浄はどのくらい起きていますか | 警察庁の「令和7年中における古物営業・質屋営業の概況」に、資金洗浄を理由とする検挙や処分の区分はありません。公表されているのは古物営業法違反の検挙19件・12人で、態様別は無許可7件、身分確認3件、帳簿等記載3件ほかです。行政処分は総数874件(指示855件・営業停止8件・許可取消し11件)です。件数が公表されていない以上、実態を数字で示すことはできません。 |
この課題の打ち手になりうる解決策を8件挙げます。直接の対処だけでなく、判断材料を得る手段や外部に頼る手段も含みます。








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