
古物営業法第15条第1項は、買受け・交換・委託を受けようとするときに相手方の真偽を確認する措置として、①住所・氏名・職業・年齢の確認 ②本人署名のある文書の交付を受ける ③認定を受けた電子署名つきの電磁的記録の提供を受ける ④これらに準ずる国家公安委員会規則で定める措置、の4つを挙げています。
そして法第16条は、帳簿の記載事項の5つ目として「第15条第1項でとった措置の区分」を挙げています。確認をしたという事実だけでなく、どの措置でしたかが記録に残る構造です。eKYCの導入は、この区分を変える決定になります。
したがって、比較検討の順序は「どのアプリがよいか」ではありません。まず自店がどの区分で運用するかを決め、その区分での運用が成り立つサービスを見る、という順序になります。区分を決めずに機能から入ると、稼働後に帳簿の⑤欄に何を書くかで迷います。
どのサービスがどの区分に当たるかは、この記事の基にしている一次情報の範囲では判断できません。サービス側の説明資料をそのまま採用せず、自店の手順を書き出したうえで所轄の警察署(防犯係)に確認してから固定してください。
消費者庁が令和7年4月30日に公表した買取サービスに関する実態調査報告書には、2023年のチャネル別構成比が掲載されています。店頭買取り78.2%、出張買取り10.0%、宅配買取り9.5%です。同報告書によれば買取市場規模は2023年で13,274億円です。
eKYCの効果が大きいのは、相手が目の前にいない宅配買取と、店舗の外で行う出張買取です。店頭では本人確認書類を直接見られるため、アプリを挟むことで工程が増える場合もあります。導入範囲を全チャネル一律にする前に、どのチャネルに入れるかを切り分けてください。
ただし、出張と宅配を合わせても市場全体の2割弱です。業界での話題量に対して、実際の取引構成比は小さいという前提を持ったほうが、投資額の見立てを誤りません。自店の構成比がこの平均とどれだけ違うかを、まず自店の帳簿から出してください。
自店の非対面比率が業界平均より低いなら、eKYCの導入効果は限定的です。逆に宅配を伸ばそうとしている店では、確認の手順が受付の速度を決めるため、導入の意味が大きくなります。この判断は、機能比較ではなく自店の構成比から出るものです。
古物営業法施行規則第16条第1項は、本人確認が免除される金額を1万円と定めています。同条第2項は例外として7品目を挙げており、これらは少額でも確認と記帳が要ります。自動二輪車及び原動機付自転車、エアコンディショナーの室外ユニットと電気温水機器のヒートポンプ、家庭用コンピュータゲームのプログラムを記録した物、光学的方法により音又は影像を記録した物、電線、金属製のグレーチング、書籍です。
この線が、eKYCの稼働件数を決めます。ゲームソフト・CD・DVD・書籍を扱う店は、1万円未満の少額買取でも毎回確認が発生します。単価が低く点数が多い商材ほど、確認の回数が積み上がる構造です。ここでは確認を速くする道具の効果が、件数に比例して出ます。
反対に、貴金属やブランド品が中心の店では、そもそも1万円を下回る取引が少ないため、免除の線はほとんど効きません。確認の件数は買取の件数とほぼ一致し、導入前後で件数は変わりません。効果は1件あたりの時間短縮と、記録の残り方に限られます。
導入の投資対効果を見るなら、直近3か月の帳簿から、1万円未満の取引件数と、そのうち7品目に当たる件数を数えてください。この2つの数字が、eKYCで処理する件数の見積もりになります。ベンダーの提示する削減率ではなく、自店の件数から計算するのが確実です。
| 導入前に決めること | 決めないまま入れたときに起きること | 根拠・目安 |
|---|---|---|
| 第15条第1項のどの措置で運用するか | 帳簿の措置の区分の欄に何を書くか決まらない | 法第15条第1項①〜④・法第16条⑤ |
| どのチャネルに入れるか | 店頭で工程が増え、非対面の効果が埋もれる | 2023年の構成比 店頭78.2%/出張10.0%/宅配9.5% |
| 1万円未満の件数と7品目の件数 | 投資対効果を他店の削減率で見積もってしまう | 施行規則第16条第1項・第2項 |
| 疑いを持ったとき誰が止めるか | アプリの判定だけで少額取引が通る | 法第15条第3項(金額の下限は置かれていない) |
| 確認記録を自店側にどう残すか | 解約後に過去の記録を取り出せない | 法第18条第1項(3年間・直ちに書面表示) |
| 本人確認書類の画像の保存場所と期間 | 保存年限を誰も決めないまま画像が残り続ける | 古物営業法に保存年限の定めはない。自店で決める |
| 読み取れなかったときの代替手順 | 現場が止まり、区分欄が空いたまま確定する | 法第16条⑤ |
| 訪問購入の書面交付との並べ方 | 確認だけ整い、書面の不履行が見えなくなる | 特定商取引法(書面交付・告知・8日のクーリング・オフ) |
| 試行の期間と件数 | 実物での精度を確かめないまま契約する | 各サービスの精度は公表された一次情報がない |
| 補助金を使うか、立替資金をどうするか | 採択されても支払い時点で資金が足りない | デジタル化・AI導入補助金2026。登録ツールに限られ、後払い |
第15条第3項は、不正品の疑いがあると認めるときに直ちに警察官へ申告する義務を定めています。この項には金額の下限が置かれていません。つまり、1万円未満で確認が免除される取引であっても、疑いがあると認めたなら申告の義務は残ります。
免除されるのは確認の義務であって、申告の義務ではありません。ここを取り違えると、少額取引をアプリの判定だけで通す運用になり、疑いを持つべき場面が誰の目にも触れないまま流れます。
eKYCができるのは、提示された書類と提示者の同一性に関する部分です。持ち込まれた品が不正品かどうかは、別の判断です。警察庁の統計では、令和7年中に古物商から警察へ寄せられた不正品の申告は129件、盗品売買等防止団体への情報提供に基づく団体加盟店の届出は638件でした。これらは人が疑いを持ったところから始まっています。
導入時に決めておくのは、疑いを持った担当者がその場で買取を止められる権限を持つかどうかです。第13条第3項は、管理者に不正品かどうかを判断するために必要な知識・技術・経験を得させる努力義務を定めています。アプリの導入と合わせて、この判断を誰がするのかを決めてください。
法第18条第1項は、帳簿等を最終記載の日から3年間、営業所等に備え付けることを定めています。電磁的記録の場合は、3年間の保存に加えて直ちに書面に表示できる状態を保つことが求められています。
eKYCの確認記録がサービス側のサーバーにしか残らない構成にすると、この要件に当たるかどうかが問題になります。帳簿の記載事項は⑤の措置の区分までで、確認の画像そのものは記載事項ではありません。ただし、確認をした事実を後から示す材料としては、記録の所在が意味を持ちます。
契約前に決めるのは3点です。第一に、確認の結果を自店側にどの形式で残すか。第二に、解約した後にそれをどうやって取り出すか。第三に、本人確認書類の画像をどこに保存し、どの期間で削除するかです。3つ目は、保存年限を法が決めているものではないため、自店で期間を決める部分になります。
この3点は、機能一覧を見比べても分かりません。同じ質問を全社に投げて、文書で回答をもらうのが早い部分です。
「古物営業法に対応していますか」と聞くと、ほぼ全社が「対応しています」と答えます。次の6つを同じ文面で投げると、回答の差がそのまま比較材料になります。
1つ目、御社のサービスは、古物営業法第15条第1項のどの措置に当たると説明していますか。その説明の根拠は何ですか。2つ目、確認の結果を、帳簿の「措置の区分」の欄にどうやってつなぎますか。3つ目、書類が読み取れなかったとき、どうやって代替の手順に切り替えますか。その手順は誰が案内しますか。
4つ目、確認の記録を、自店側にどの形式で、どうやって残せますか。5つ目、契約を終了した後、過去の確認記録をどうやって取り出しますか。6つ目、本人確認書類の画像は、どこに保存され、どうやって削除しますか。削除の実行を、どうやって確認できますか。
各サービスの読み取り精度や、対応できる書類の種類については、公表された一次情報がありません。他社との優劣をここで比べることはできないため、自店で実物を使った試行をしたうえで判断してください。試行の期間と件数を、契約条件として先に取り決めておくと確実です。
消費者の自宅等で契約を締結等して物品を購入する取引は、特定商取引法の訪問購入に当たります。訪問購入には、勧誘に先立つ氏名等の明示、不招請勧誘の禁止、再勧誘の禁止、申込時または締結時の書面交付、クーリング・オフ期間内の引渡しの際の拒絶できる旨の告知、第三者へ引き渡した場合の通知、法定書面を受け取った日から8日以内のクーリング・オフが定められています。
eKYCはこのうちどれも代替しません。本人確認を速くしても、書面を交付していなければ手続きの不履行です。訪問購入で処分されている典型は、この種の基本的な義務の不履行です。
2026年8月4日、九州経済産業局は訪問購入を行う3社に業務停止命令9か月と指示、代表者に業務禁止命令9か月を出しました。取扱商品は宝石・貴金属・時計等の中古品で、公表された違反行為には氏名等の明示義務違反、書面の交付義務違反、物品の引渡しの拒絶に関する告知義務違反、勧誘の要請をしていない者への勧誘が含まれています。
出張買取にeKYCを入れるなら、確認の手順と書面の交付手順を1つのチェックリストに並べてください。片方だけをアプリで整えると、整った側の記録だけが残り、整っていない側の不履行が見えにくくなります。
eKYCの導入費用には、デジタル化・AI導入補助金2026(正式名称:中小企業デジタル化・AI導入支援事業費補助金)を使える場合があります。旧称のIT導入補助金で情報を集めると古い要件を見ることになるため、名称を確認してください。
通常枠の補助額は、業務プロセス1つ以上で5万円以上150万円未満、4つ以上で150万円以上450万円以下です。補助率は1/2以内で、令和6年10月から令和7年9月の間で3か月以上、「当該期間における地域別最低賃金以上〜令和7年度改定の地域別最低賃金未満」の帯で雇用している従業員が全従業員の30%以上であることを示した場合は2/3以内になります。必須の対象経費はソフトウェア購入費とクラウド利用料(最大2年分)です。
条件は2つです。第一に、補助の対象として登録されたツールかどうかで決まります。自社で組んだ確認の仕組みは対象になりません。第二に、補助は後払いです。いったん全額を支払ってから交付を受ける流れなので、支払い時点の資金を用意できるかが先に問われます。買取業は買取原資に現金が要る商売なので、この立替を原資と同じ財布から出さない設計にしてください。
小規模事業者持続化補助金とは要件が違います。持続化補助金は補助率2/3・補助上限50万円で、対象は商業・サービス業なら常時使用する従業員5人以下です。ガイドブックはパソコン等を対象外に明示しているため、確認に使う端末はこちらでは賄えません。締切は回次ごとに変わるので、最新の公募要領で確認してください。
eKYCの運用で現場が止まるのは、読み取れたときではなく、読み取れなかったときです。書類の光り方、券面の傷、通信の状態など、原因はその場では特定できません。導入の可否は、この1件をどう処理するかが決まっているかで判断してください。
決めるのは3点です。第一に、代替の手順は何か。第二に、その手順に切り替える判断を誰がするか。第三に、切り替えた場合に帳簿の措置の区分をどう記載するかです。3点目を決めていないと、代替の手順で確認した取引の区分欄が空きます。
店頭であれば、書類を直接見る手順に戻せます。宅配や出張では、戻し先が限られます。非対面のチャネルに入れるほど、この代替手順の設計が重くなります。導入範囲を決めるときは、この重さも計算に入れてください。
稼働後は、月に一度、読み取りに失敗した件数と、代替手順に切り替えた件数を数えます。この2つが多いチャネルは、運用の設計を直す対象です。件数を数えていない状態では、直すべき場所が分かりません。
| # | チェック項目 |
|---|---|
| 1 | 第15条第1項の4つの措置のうち、どれで運用するかを決めたか |
| 2 | その運用が当該措置に当たるかを、自店の手順を示して所轄の警察署に確認したか |
| 3 | 帳簿の措置の区分の欄と、アプリの確認結果がつながる設計になっているか |
| 4 | 導入するチャネル(店頭・出張・宅配)を切り分けたか |
| 5 | 直近3か月の帳簿から、1万円未満の取引件数と7品目に当たる件数を数えたか |
| 6 | 疑いを持った担当者が、その場で買取を止められる権限を持つか決めたか |
| 7 | 第15条第3項の申告先(所轄の防犯係)の連絡先を、店頭と出張の両方で控えているか |
| 8 | 確認記録を自店側に残す形式と、解約後の取り出し方を文書で確認したか |
| 9 | 本人確認書類の画像の保存場所と削除の期間を、自店で決めたか |
| 10 | 読み取れなかったときの代替手順と、そのときの区分の記載方法を決めたか |
| 11 | 出張買取に入れる場合、書面交付と告知の手順を同じチェックリストに並べたか |
| 12 | 補助金を使う場合、登録されたツールかを公式の一覧で確認し、後払いの立替資金を用意したか |
1万円未満は確認が免除されるので、少額取引はアプリも人の目も通さない運用にしてしまうケースです。免除されるのは第15条第1項の確認義務であって、第15条第3項の申告義務ではありません。第15条第3項には金額の下限が置かれていないため、少額でも疑いがあると認めたなら直ちに警察官へ申告することになります。少額取引でも、担当者が現物を見て止められる手順を残してください。
確認の記録がサービス側にしか残らない構成のまま稼働させるケースです。法第18条第1項は帳簿等について最終記載の日から3年間の備付けと、電磁的記録なら直ちに書面に表示できる状態を求めています。解約や乗り換えのときに、3年に満たない記録の取り出し方が決まっていないと、その時点で手当てができません。契約前に取り出しの手順を文書で確認してください。
出張買取にeKYCを入れて、手続きが整ったと判断するケースです。訪問購入には氏名等の明示、不招請勧誘の禁止、書面交付、引渡しの拒絶に関する告知が別に定められています。2026年8月4日に業務停止命令9か月を受けた3社の違反行為も、明示義務違反と書面の交付義務違反が中心です。本人確認の速さは、これらの不履行を埋めません。
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| eKYCを入れれば、古物営業法の本人確認は満たせますか | どの措置で運用するかによります。第15条第1項は①住所・氏名・職業・年齢の確認 ②本人署名のある文書の交付を受ける ③認定を受けた電子署名つきの電磁的記録の提供を受ける ④これらに準ずる国家公安委員会規則で定める措置、の4つを挙げており、法第16条⑤はそのどれをとったかの記載を求めています。サービスがどの区分に当たるかは公表された一次情報からは判断できないため、自店の手順を示して所轄の警察署に確認してください。 |
| 店頭にも入れたほうがよいですか | 自店のチャネル構成を見てから決めてください。消費者庁の報告書に掲載された2023年の構成比は、店頭買取り78.2%、出張買取り10.0%、宅配買取り9.5%です。相手が目の前にいる店頭では書類を直接確認できるため、アプリを挟むと工程が増える場合があります。効果がはっきり出るのは、相手が目の前にいない宅配と、店舗の外で行う出張です。 |
| 1万円未満の買取では使わなくてよいですか | 施行規則第16条第1項により1万円未満は確認が免除されますが、同条第2項の7品目は例外で、少額でも確認と記帳が要ります。ゲームソフト、光学的方法により音又は影像を記録した物、書籍などがこれに当たります。これらを扱う店では少額でも確認が発生するため、件数が積み上がります。自店の直近3か月の件数を数えてから、導入範囲を決めてください。 |
| アプリが本人確認を通したなら、その取引は買って問題ないという判断でよいですか | 別の判断になります。第15条第3項は、不正品の疑いがあると認めるときに直ちに警察官へ申告する義務を定めており、この項に金額の下限は置かれていません。eKYCが扱うのは書類と提示者の同一性に関する部分で、持ち込まれた品が不正品かどうかは扱いません。令和7年中の古物商による不正品の申告は129件、団体加盟店の届出は638件で、いずれも人が疑いを持ったところから始まっています。 |
| サービスを比べるとき、何を聞けばよいですか | 「対応していますか」ではなく「どうやって」で聞いてください。第15条第1項のどの措置に当たると説明しているか、その根拠は何か、確認結果を帳簿の区分の欄にどうつなぐか、読み取れなかったときどうやって代替手順に切り替えるか、確認記録を自店側にどの形式で残せるか、解約後にどうやって取り出すか、書類の画像をどこに保存しどうやって削除するか。この7つを同じ文面で全社に投げ、文書で回答をもらってください。 |
| 導入費用に補助金は使えますか | デジタル化・AI導入補助金2026の通常枠は、業務プロセス1つ以上で5万円以上150万円未満、4つ以上で150万円以上450万円以下、補助率1/2以内(要件を満たす場合は2/3以内)で、必須の対象経費はソフトウェア購入費とクラウド利用料(最大2年分)です。ただし補助の対象として登録されたツールに限られ、自社で組んだ仕組みは対象になりません。補助は後払いで、いったん全額を支払う流れです。締切は回次ごとに変わるため、公式の公募要領で確認してください。 |
この解決策が打ち手になりうる課題を9件挙げます。









扱う商材によって、不要品の発生量も、値段が付くかどうかも、どこに売られるかも変わります。本人確認アプリ(eKYC)の導入をジャンル別に見たページを用意しています。
店舗を構えるか、出張に出るか、宅配で受けるか。買取形式によって前提となる商圏も、かかる規制も変わります。


