
古物営業法第15条第3項は、古物商が買い受けようとする古物について不正品の疑いがあると認めるときは、直ちに警察官に申告しなければならないと定めています。条文が指定している相手は警察官であり、同業の事業者ではありません。
同業者に連絡することで注意喚起の効果はあるかもしれませんが、それによって申告義務を果たしたことにはなりません。順序を入れ替えると、申告が遅れます。まず警察官へ申告し、その後の情報の扱いは警察の指示を踏まえて判断する形になります。
実務でこの順序が崩れやすいのは、判断に迷う場面です。疑わしいが確証がないとき、同業者に聞いて確かめてから、という流れになりがちです。条文の要件は「不正品の疑いがあると認めるとき」であり、確証を求めていません。確かめてから申告する設計にすると、条文の想定より遅くなります。
この点は、社内の手順書に書き分けておいてください。申告の判断基準、申告する人、連絡先。この3つが決まっていないと、現場は自分で判断せず、上位者の不在を理由に流れます。
申告が実際にどれだけ出ているかは、公表されています。警察庁「令和7年中における古物営業・質屋営業の概況」は、古物の区分別の不正品申告件数を示しています。
令和7年の総数は129件です。区分別では、道具類37件、時計・宝飾品類31件、機械工具類22件、書籍17件、事務機器類5件、美術品類4件、皮革・ゴム製品類4件、衣類2件、自動車2件、自動二輪車及び原動機付自転車2件、自転車類2件、その他1件、写真機類0件、金券類0件です。
上位3区分の道具類、時計・宝飾品類、機械工具類で90件となり、全体の約7割を占めます。取扱いの区分によって、疑わしい持ち込みに遭遇する頻度が違うということです。工具や機械類を扱う店と、写真機類を扱う店では、社内手順に置くべき重みが変わります。
0件の区分の読み方には注意してください。写真機類と金券類が0件であることは、申告に至った件数が0だったという意味であり、その区分にリスクが無いという意味ではありません。申告に至らなかった取引や、疑いに気づかなかった取引はこの数字に入りません。
情報共有には、制度上の枠組みが用意されているものと、事業者どうしの任意の連絡とがあります。この2つを同じ手順書に混ぜないでください。
同じ警察庁の資料には、盗品売買等防止団体への情報提供に基づく団体加盟店の届出が638件と記載されています。また、古物競りあっせん業の届出は170件(前年比7件増)です。令和7年末の古物商等の許可件数は615,194件(前年比42,170件増)で、うち古物市場主は1,076件です。
638件という数字が示すのは、そうした枠組みを通じた届出が一定数存在するという事実までです。この資料からは、団体の運営方法、加盟の条件、情報の流れ方までは分かりません。参加を検討する場合は、所轄の警察署や当該団体に直接確認してください。この記事で仕組みの詳細を書くことはできません。
任意の連絡については、何を共有するかで扱いが変わります。特定の品物の特徴や手口といった防犯上の情報と、価格や査定基準に関する情報は、別の枠で考える必要が生じます。後者は次の節のとおりです。
| 場面 | 取るべき行動 | 根拠・数値 |
|---|---|---|
| 不正品の疑いがあると認めた | 直ちに警察官へ申告する。同業者への連絡は義務の履行にならない | 古物営業法第15条第3項 |
| 確証がなく判断に迷う | 確証を待たずに申告の判断を行う。条文の要件は「疑いがあると認めるとき」 | 同上 |
| 区分別の遭遇頻度を見積もる | 主力区分の申告件数を確認する | 令和7年 総数129件/道具類37件・時計宝飾品類31件・機械工具類22件・書籍17件 |
| 申告0件の区分を扱う | リスク無しと読まない。申告に至った件数が0という意味 | 写真機類0件・金券類0件 |
| 団体を通じた共有を検討する | 所轄警察署または当該団体に直接確認する | 盗品売買等防止団体への情報提供に基づく団体加盟店の届出638件 |
| 価格・査定基準を共有したい | 実行前に弁護士または公正取引委員会へ相談する | 独占禁止法上の評価は内容・頻度・参加者・その後の行動で変わる |
| 帳簿の情報を共有したい | 人ではなく物の情報(型番・傷・シリアル)に限る設計を先に検討する | 第16条の記載事項・第18条第1項の3年保存 |
同業者と情報をやり取りするとき、内容が価格や査定基準に及ぶ場合は、競争法の観点が入ります。防犯目的の会合であっても、その場で買取価格の話が出れば、性質が変わります。
事業者どうしが価格に関する情報をやり取りする行為が独占禁止法上どう評価されるかは、情報の内容、やり取りの頻度、参加者の範囲、その後の各社の行動によって判断が変わります。この記事で可否を断定することはできません。
買取価格、査定基準、手数料の水準、値付けの方針に関する情報の共有を検討する場合は、実行前に弁護士へ相談するか、公正取引委員会の相談窓口を利用してください。相談の前に、共有する情報の具体的な内容、参加者の範囲、頻度、共有後に各社が何をするのかを文書にしておくと、相談が具体的になります。
会合を運営する側になる場合は、議題と議事録の管理を先に決めておいてください。防犯情報の共有を目的とする会合で、価格の話題が出た場合の扱いをあらかじめ決めておけば、後から性質を問われたときに説明できます。
買取業の情報共有で扱う内容は、多くの場合、特定の取引と特定の人物に結びついています。ここが、一般的な業界の情報交換と違う点です。
古物営業法第16条は、古物を受け取り、または引き渡したときに、その都度、取引の年月日、品目及び数量、古物の特徴、相手方の住所・氏名・職業・年齢、第15条第1項でとった措置の区分を帳簿等へ記載する義務を定めています。第18条第1項により、最終記載の日から3年間、営業所等に備え付けます。
この帳簿は、法令上の義務にもとづいて作られた記録であり、同業者と回覧するために作られたものではありません。帳簿の記載事項をそのまま外部へ渡す形は、個人情報の取扱いとして別途の整理が要ります。共有の設計に入れる前に、弁護士へ確認してください。
設計上の逃げ方はあります。共有するのは人ではなく物の情報にする、という形です。品物の特徴、型番、傷の位置、シリアル番号のように、その品物を識別する情報であれば、個人を特定しない形で共有できる場面が増えます。共有する項目の一覧を先に固定し、そこに氏名や住所を入れない設計にしておくと、運用が崩れにくくなります。
情報共有の話が出るとき、前提として「自店には情報が足りない」という認識があります。実際には、買取店には他業種にはない記録が3年分あります。
第16条の帳簿には、取引の年月日、品目及び数量、古物の特徴、相手方の住所・氏名・職業・年齢が記録されています。同一人物が短期間に同種の品物を繰り返し持ち込んでいるか、特定の品目の持ち込みが急に増えていないか、といった兆候は、自店の帳簿だけで検出できます。
検出の仕組みは複雑である必要がありません。品目別・月別の点数を集計し、前月比で大きく動いた区分を見る。同一の相手方が月内に複数回の取引を行っている件を抽出する。この2つを月次で回すだけでも、外部の情報を待たずに判断材料が出ます。
扱う区分に応じて重みを変えてください。令和7年の不正品申告は道具類37件、時計・宝飾品類31件、機械工具類22件、書籍17件で、上位3区分が全体の約7割です。自店の主力がこの区分に入っているなら、集計の頻度を上げる価値があります。
情報共有に参加したことの効果を、被害を防いだ件数で測ることはできません。防げた被害は数えられないためです。測れるのは、社内の手順が実行されているかどうかです。
測定できる項目は次のものです。疑わしい取引として社内で記録された件数、そのうち警察官へ申告した件数、判断に迷って上位者へ確認した件数、確認に要した時間。これらは自社で数えられます。
手順が機能しているかは、覆面調査でも確かめられます。品物の入手経緯を尋ねられるか、本人確認を渋られたときに上位者へ確認する導線があるか。自店を対象にした覆面調査の設計は、覆面調査(ミステリーショッパー)の項目を参照してください。
情報共有の会合に参加する時間も、費用として扱ってください。買取業は在庫が現金に戻るまでに時間がかかる商売です。中小企業庁「中小企業実態基本調査 令和6年確報(令和5年度決算実績)」の法人企業・小売業では、在庫回転期間が従業者5人以下で55.9日、6〜20人で32.6日、粗利率は31.7%と31.2%、営業利益率は0.2%と1.5%です。営業利益率0%台の帯では、経営者の時間の配分そのものが利益に効きます。参加の可否は、その時間で自店の帳簿を集計した場合と比べて判断してください。
| # | チェック項目 |
|---|---|
| 1 | 不正品の疑いを認めたときの申告先が警察官であることを、社内手順書に明記しているか |
| 2 | 同業者への連絡が申告義務の履行にならないことを、現場が理解しているか |
| 3 | 申告の判断基準・申告する人・連絡先の3つが手順書に書かれているか |
| 4 | 確証を待ってから申告する運用になっていないか |
| 5 | 自店の主力区分の不正品申告件数を確認し、社内手順の重みに反映しているか |
| 6 | 申告0件の区分を、リスクが無い区分として扱っていないか |
| 7 | 団体を通じた共有を検討する場合、所轄警察署または当該団体に直接確認しているか |
| 8 | 価格・査定基準の共有を行う前に、弁護士または公正取引委員会へ相談する段取りにしているか |
| 9 | 共有する項目の一覧を固定し、氏名や住所を含めない設計にしているか |
| 10 | 疑わしい取引の社内記録件数と、警察官へ申告した件数を月次で数えているか |
疑わしい持ち込みについて、まず同業者に確認してから申告するという順序にしてしまう失敗があります。古物営業法第15条第3項は、不正品の疑いがあると認めるときは直ちに警察官に申告しなければならないと定めており、条文の要件は確証ではなく疑いを認めることです。同業者への連絡は義務の履行になりません。判断に迷う場面ほどこの順序が崩れるため、申告の判断基準と連絡先を手順書に明記し、現場が上位者の不在を理由に流さない形にしてください。
防犯目的の会合で、買取価格や査定基準の話題に踏み込んでしまう失敗があります。事業者間で価格に関する情報をやり取りする行為が独占禁止法上どう評価されるかは、情報の内容、頻度、参加者の範囲、その後の各社の行動によって判断が変わり、可否を一般論で断定できません。会合を運営する側になる場合は、議題と議事録の管理、そして価格の話題が出たときの扱いをあらかじめ決めてください。共有を検討する段階で、弁護士または公正取引委員会の相談窓口を利用してください。
共有する情報に、取引相手の氏名や住所を含めてしまう失敗があります。古物営業法第16条の帳簿は、法令上の義務にもとづいて作られた記録であり、同業者と回覧するために作られたものではありません。記載事項には相手方の住所・氏名・職業・年齢が含まれ、第18条第1項により3年間備え付けられます。共有の設計に入れる前に弁護士へ確認し、実務上は品物の特徴、型番、傷の位置、シリアル番号のように物を識別する情報に限る形を先に検討してください。共有項目の一覧を固定しておくと運用が崩れにくくなります。
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| 疑わしい持ち込みがあったとき、まず同業者に相談してもよいですか | 順序が逆になります。古物営業法第15条第3項は、買い受けようとする古物について不正品の疑いがあると認めるときは、直ちに警察官に申告しなければならないと定めています。指定されている相手は警察官であり、同業者への連絡では義務を果たしたことになりません。条文の要件は確証ではなく「疑いがあると認めるとき」なので、確かめてから申告する設計にすると、想定より遅くなります。まず申告し、その後の情報の扱いは警察の指示を踏まえて判断してください。 |
| 不正品の申告は、実際にどれくらい出ているのですか | 警察庁「令和7年中における古物営業・質屋営業の概況」によると、令和7年の区分別の不正品申告は総数129件です。内訳は道具類37件、時計・宝飾品類31件、機械工具類22件、書籍17件、事務機器類5件、美術品類4件、皮革・ゴム製品類4件、衣類2件、自動車2件、自動二輪車及び原動機付自転車2件、自転車類2件、その他1件で、写真機類と金券類は0件でした。上位3区分で90件と全体の約7割を占めます。自店の主力区分がこの上位に入っているかどうかで、社内手順に置くべき重みが変わります。 |
| 申告が0件の区分は、盗品リスクが低いと考えてよいですか | そう読まないでください。0件は、その年に申告へ至った件数が0だったという意味です。申告に至らなかった取引や、疑いに気づかなかった取引はこの数字に含まれません。区分ごとの濃淡を見る材料としては使えますが、リスクの有無の判定には使えません。写真機類と金券類が0件であることも、その区分で確認や記帳を軽くしてよい根拠にはなりません。 |
| 同業者と買取価格の情報を交換してもよいですか | 可否をこの記事で断定することはできません。事業者どうしが価格に関する情報をやり取りする行為が独占禁止法上どう評価されるかは、情報の内容、やり取りの頻度、参加者の範囲、その後の各社の行動によって判断が変わります。買取価格、査定基準、手数料の水準、値付けの方針に関する共有を検討する場合は、実行前に弁護士へ相談するか、公正取引委員会の相談窓口を利用してください。相談の前に、共有する情報の内容、参加者の範囲、頻度、共有後に各社が何をするのかを文書にしておくと具体的な相談になります。 |
| 盗品売買等防止団体とは何ですか。参加すべきですか | 警察庁の同資料には、盗品売買等防止団体への情報提供に基づく団体加盟店の届出が638件と記載されています。この資料から分かるのは、そうした枠組みを通じた届出が一定数存在するという事実までで、団体の運営方法、加盟条件、情報の流れ方までは読み取れません。参加を検討する場合は、所轄の警察署または当該団体へ直接確認してください。参加の可否を判断する際は、参加によって第15条第3項の申告義務が変わるわけではないことを前提に置いてください。 |
| 外部の情報が無いと、盗品の持ち込みは見つけられないのではないですか | 自店の記録だけで検出できる兆候があります。古物営業法第16条の帳簿には、取引の年月日、品目及び数量、古物の特徴、相手方の住所・氏名・職業・年齢が記録され、第18条第1項により最終記載の日から3年間備え付けられています。品目別・月別の点数を集計して前月比で大きく動いた区分を見る、同一の相手方が月内に複数回の取引を行っている件を抽出する、というだけでも判断材料が出ます。主力が道具類、時計・宝飾品類、機械工具類のように申告件数の多い区分であれば、この集計の頻度を上げる価値があります。 |
この解決策が打ち手になりうる課題を3件挙げます。



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