
買取業の仕入原価は、査定額そのものです。市場から仕入れる小売業と違い、いくらで仕入れるかを自社が単独で決められます。この自由度は、コストが上がったときに悪い方向へ働きます。人件費が上がった月に利益を守ろうとすると、最も早く動かせる変数が査定額だからです。
しかし査定額は同時に集客の条件でもあります。買取価格を下げれば、持ち込みが減ります。持ち込みが減れば取扱点数が減り、固定的な人件費は変わらないまま1件あたりの負担が上がります。人件費率を下げるつもりで動かした変数が、人件費率を上げる方向に戻ってくる構造です。
この経路は、粗利率の読み方にも表れます。粗利率が上がった月に「原価管理が効いた」と読むのは、買取業では危険です。買取価格を下げた結果であれば、翌月以降に持ち込み件数の減少として出てきます。粗利率と買取件数を同じ表に並べて見ないと、この動きは検出できません。
したがって、人件費の高騰への対応を考えるとき、最初に確認するのは「査定額を触っていないか」です。触っているなら、その効果は人件費の話ではなく集客の話として測る形になります。
厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査」で、卸売業,小売業の所定内給与額は月349.1千円、前年比+1.6%です。平均年齢44.3歳、平均勤続年数14.5年です。産業別では最も高いのが電気・ガス・熱供給・水道業444.0千円、最も低いのが宿泊業,飲食サービス業277.2千円で、卸売業,小売業は16産業の中位からやや下に位置します。
この数値を「買取店の人件費は月35万円」と読み替えることはできません。理由は3つあります。区分が卸売業と小売業の合算であること、集計対象が10人以上の常用労働者を雇用する民営事業所(52,242事業所)に限られること、そして「賃金」が所定内給与額の月額であり賞与・残業代・通勤手当を含まないことです。中小企業実態基本調査では小売業の法人企業236,813社のうち16万社超が従業者5人以下でしたから、小規模な買取店はこの統計にほぼ入っていません。
使えるのは方向です。同業種帯で所定内給与額が前年比+1.6%で推移しているという事実は、自店の賃上げ判断の背景として置けます。水準の根拠としては使えません。
アルバイト・パートの時給相場については、買取業に当てはめられる一次情報がありません。この記事では時給の目安を書きません。地域別最低賃金は毎年改定される公表値なので、そちらは自治体の公表資料で確認してください。
同じ調査の年齢階級別(卸売業,小売業、所定内給与額・千円/月)は、20〜24歳241.0、25〜29歳272.7、30〜34歳302.2、35〜39歳336.7、40〜44歳361.5、45〜49歳385.4、50〜54歳418.1、55〜59歳423.4、60〜64歳332.9、65〜69歳261.8です。55〜59歳がピークで、20代前半の1.76倍にあたります。
査定は経験が価値になる職種です。相場の記憶、真贋の見立て、断り方の引き出しは年数でしか積みません。勤続を前提に人を置くなら、賃金カーブの上昇分は毎年の固定的な増加として先に見込む形になります。単年の賃上げ判断だけを見ていると、この積み上がりが見えません。
人件費が「高騰した」と感じる局面には、外部要因による賃上げと、自店の年齢構成が上がったことによる自然増の両方が混ざります。この2つを分けずに対策を打つと、外部要因への対応で自然増を止めようとすることになり、勤続の長い査定担当から離職します。まず年齢構成の推移を出して、増加分を分解してください。
なお、60〜64歳で332.9へ落ちる形は定年後の再雇用が統計に入ることによると読めますが、買取業でそうなっているかは確認できていません。同業種帯全体の形として扱ってください。
| 増分の吸収先 | 買取業での効き方 | 副作用 | 測る指標 |
|---|---|---|---|
| 査定額を下げる | 即効性は最も高い。仕入原価を自社で決められるため | 持ち込み件数が減り、1件あたりの人件費負担が上がる | 買取件数と粗利率を同じ月次表で並べる |
| 販売単価を上げる | ほぼ効かない。中古品の売値は相場に縛られる | 売れ残りが増え、滞留日数が伸びる | 出品日から販売日までの日数 |
| 人員を減らす | 人件費の絶対額は下がる | 撮影・出品・販売が遅れ、在庫回転期間が伸びる。5人以下帯の55.9日と6〜20人帯の32.6日の差はここに出ている | 仕入日から出品日までの日数と、寝ている在庫金額 |
| 営業時間を短縮する | 固定的な人件費が下がる | 来店機会が減る。店頭買取は市場の78.2%を占めるチャネル | 時間帯別の買取件数(帳簿から作れる) |
| 取扱品目を高単価帯に寄せる | 1件あたりの確認・記帳の負担が下がる | 持ち込みの母数が減る。低単価帯の常連が離れる | 品目別の件数と1件あたり粗利額 |
| 法定義務側から回転側へ人を移す | 滞留日数に直接効く | 確認・記帳の実行が薄くなると第33条第1号・第2号の対象になる | 確認漏れ・記載漏れの件数 |
| 同じ人数で処理点数を増やす | 人件費率の分母を動かす | 1点あたりの処理時間を削ると記帳の精度が落ちる | 1人あたり処理点数と記載不備率 |
中小企業庁「中小企業実態基本調査 令和6年確報(令和5年度決算実績)」の法人企業・小売業を規模別に見ると、粗利率は従業者5人以下31.7%、6〜20人31.2%でほぼ同じです。ところが営業利益率は0.2%と1.5%で開きます。在庫回転期間は55.9日と32.6日で、1.7倍の差があります。
粗利率がほぼ同じなのに営業利益率が違うということは、差が生じているのは粗利の取り方ではありません。在庫が現金に変わる速度です。人数が少ない帯ほど滞留しており、その滞留が営業利益を削っています。買取業に限定した統計ではありませんが、規模と滞留の関係は明確です。
この形を人件費の議論に持ち込むと、「人を減らせば人件費率が下がる」という単純な図式が成り立たなくなります。人を減らした結果、撮影・採寸・出品・販売の工程が遅れれば、滞留日数が伸びます。滞留が伸びれば買取原資が在庫に固定され、次の仕入れができません。人件費を削って回転を落とす取引になっていないかを、日数で確認する形が要ります。
確認の手順は単純です。人員を減らした月と減らす前の月で、仕入日から出品日までの日数と、出品日から販売日までの日数を分けて出します。人件費の削減額と、滞留日数の増加によって寝ている在庫金額を並べれば、どちらが大きいかが見えます。
人件費の中身を工程別に分けないと、削れる場所と削れない場所の区別がつきません。買取業の工程は、法定義務の実行と、それ以外の作業に分かれます。
法定義務側は、古物営業法第15条第1項の本人確認、第16条の帳簿記載、第18条第1項の3年間の備付けです。出張買取なら特定商取引法第58条の5の氏名等の明示、第58条の7と第58条の8の書面交付、第58条の9の引渡し拒絶の告知が加わります。これらは実行しないという選択肢がありません。第33条第1号は確認義務・帳簿備付け義務の違反に6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金を定めています。
扱う品目によって、この法定義務側の作業量が大きく変わります。本人確認は対価の総額1万円未満で免除されますが、自動二輪車・原動機付自転車、エアコン室外機等、家庭用ゲームソフト、光学的方法により音又は影像を記録した物、電線、金属製グレーチング、書籍の7品目は金額に関係なく確認が要ります。書籍やCD・DVD、ゲームソフトを主力にする店では、1点数百円の取引でも確認と記帳が発生するため、点数が増えるほど処理量が線形に増えます。人件費が上がって見える原因が、賃金ではなく点数構成の変化であることがあります。
回転側は、撮影・採寸・出品・梱包・発送です。法定義務を伴わないため設計の自由度があり、滞留日数に直接効きます。人件費の配分を見直すなら、法定義務側から回転側へ動かす方向で検討します。逆方向に動かすと、罰則のある義務の実行が薄くなります。
人件費の増分を吸収する手段は複数ありますが、買取業では副作用の出方が業種特有です。査定額の引き下げは持ち込み件数の減少として返り、営業時間の短縮は来店機会の減少として返ります。取扱品目を高単価帯に絞れば1件あたりの処理コストは下がりますが、確認と記帳の免除に当たる取引が増える一方で、持ち込みの母数が減ります。
販売単価を上げるという手段は、買取業ではほぼ使えません。中古品の売値は相場に強く縛られ、自店の人件費を理由に上乗せしても売れ残るだけです。売れ残りは滞留日数の悪化として営業利益に返ります。ここが一般の小売業と決定的に違う点です。
現実的に残るのは、同じ人数で処理できる点数を増やす方向と、滞留日数を短くして同じ運転資金で回す回数を増やす方向です。どちらも人件費そのものを下げる施策ではありませんが、人件費率という比率の分母を動かします。
手段を選ぶ前に、増分の絶対額を出しておいてください。月あたりいくら増えたのかが分からないまま施策を並べると、効果の小さい施策に工数を使うことになります。
雇用関係助成金には、人件費の上昇分を補填する性格の制度と、雇用の形を変えることに対して支給される制度があります。キャリアアップ助成金の正社員化コースは後者です。中小企業が重点支援対象者を有期雇用から正社員に転換した場合80万円(40万円×2期)、それ以外の対象者では40万円(40万円×1期)、無期雇用労働者からの転換ではそれぞれ40万円・20万円です。
支給は後払いで、正社員として6か月雇用した時点で1期目、さらに6か月で2期目です。1年度1事業所あたりの支給申請上限は20名です。当月の人件費の資金繰りには効きません。中小企業事業主の判定は、小売業として資本金・出資の総額5,000万円以下、または常時雇用する労働者50人以下で行います。「または」なので、どちらかを満たせば該当します。持続化補助金の「従業員5人以下」とは定義が違います。
不支給要件のうち、買取業で引っかかりうるものとして、支給申請日の前日から過去1年間に労働関係法令の違反を行った事業主、支給申請時または支給決定時に雇用保険適用事業所の事業主でない場合、非正規雇用労働者の処遇低下がある場合が挙げられています。人件費を抑える目的で非正規の処遇を下げると、この要件に触れます。
雇用関係助成金は分類が広く、雇用維持、雇入れ・再就職、人材育成、雇用環境整備・処遇改善、仕事と家庭の両立、障害者雇用に分かれています。年度途中で要件が変更されるため、取組の実施前に管轄の労働局・ハローワークへ確認してください。
| # | チェック項目 |
|---|---|
| 1 | 人件費が上がった月に、査定額を下げていないか。下げたなら効果を買取件数で測っているか |
| 2 | 粗利率と買取件数を同じ月次表に並べて見ているか |
| 3 | 人件費の増加分を、外部要因による賃上げと、年齢構成の上昇による自然増に分解しているか |
| 4 | 賃金統計の月349.1千円を、自店の給与水準の根拠としてそのまま使っていないか |
| 5 | 所定内給与額を12倍して年収として扱っていないか |
| 6 | 人員を減らす前後で、仕入日から出品日・出品日から販売日の日数を分けて測っているか |
| 7 | 人件費の削減額と、滞留日数の増加で寝ている在庫金額を並べて比較したか |
| 8 | 人件費が乗っている工程を、法定義務側(第15条・第16条・第18条、出張なら第58条の5・第58条の7・第58条の8・第58条の9)と回転側(撮影・採寸・出品・梱包・発送)に分けているか |
| 9 | 人件費の増加原因が、賃金ではなく低単価・多点数への品目構成の変化でないかを確認したか |
| 10 | 人件費を抑える目的で非正規雇用労働者の処遇を下げていないか(雇用関係助成金の不支給要件に当たる) |
| 11 | 増分の絶対額(月あたりいくら増えたか)を出してから施策を選んでいるか |
人件費の上昇分を査定額の引き下げで吸収し、翌月以降の持ち込み件数の減少に気づかない失敗があります。買取業は仕入原価が査定額で決まるため、この操作は最も早く効きますが、同時に集客条件を下げています。粗利率だけを見ていると改善したように見えます。粗利率と買取件数、そして1件あたり粗利額を同じ表に並べ、3か月分で判断してください。
人員を減らして人件費率を下げようとした結果、在庫回転期間が伸びて営業利益がさらに悪化する失敗があります。中小企業実態基本調査の法人企業・小売業では、従業者5人以下と6〜20人の粗利率は31.7%と31.2%でほぼ同じですが、営業利益率は0.2%と1.5%、在庫回転期間は55.9日と32.6日です。人を減らす判断をするなら、削減額と、滞留が伸びて寝る在庫金額を並べたうえで決めてください。
人件費を圧縮する目的で、確認や記帳にかける時間を削ってしまう失敗があります。古物営業法第15条第1項の確認と第18条第1項の帳簿備付けの違反は第33条第1号で6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、第16条・第17条の記載義務違反と虚偽記載は第33条第2号で同じ罰則の対象です。書籍・光学メディア・家庭用ゲームソフトなど7品目は1万円未満でも確認が要るため、低単価の店ほどここを削りたくなります。削る対象は、法定義務を伴わない撮影・出品・梱包の側に限ってください。
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| 人件費が上がったぶんを、買取価格の引き下げで吸収してよいですか | 操作としては可能ですが、効果を人件費の話として測ってはいけません。査定額は仕入原価であると同時に集客条件です。下げれば持ち込み件数が減り、固定的な人件費は変わらないまま1件あたりの負担が上がります。実施するなら、粗利率・買取件数・1件あたり粗利額を同じ表で3か月追い、件数の減少幅が粗利率の改善幅を打ち消していないかを確認してください。 |
| 買取店の人件費の相場はいくらですか | 買取業に限定した人件費の統計は確認できていません。近い数値として、厚生労働省の賃金構造基本統計調査で卸売業,小売業の所定内給与額が月349.1千円(前年比+1.6%)ですが、卸売との合算値であり、集計対象は10人以上の常用労働者を雇用する事業所です。中小企業実態基本調査では小売業の法人企業236,813社のうち16万社超が従業者5人以下ですから、小規模な買取店はこの統計にほぼ入っていません。賞与や残業代も含まない月額です。水準の根拠にはならず、前年からの方向を見る材料までにとどめてください。 |
| 人を減らせば営業利益は改善しますか | 改善するとは限りません。中小企業実態基本調査の法人企業・小売業では、従業者5人以下の粗利率31.7%に対し6〜20人は31.2%とほぼ同じですが、営業利益率は0.2%対1.5%、在庫回転期間は55.9日対32.6日です。粗利の取り方ではなく、在庫が現金に変わる速度で差がついています。人を減らして撮影・出品・販売が遅れれば滞留日数が伸び、買取原資が在庫に固定されます。削減額と、伸びた日数で寝る在庫金額を並べて判断してください。 |
| 人件費の増加が、賃上げによるものか年齢構成によるものかを分けるにはどうしますか | 在籍者の年齢構成の推移と、1人あたり支給額の推移を別々に出します。賃金構造基本統計調査の年齢階級別(卸売業,小売業)では20〜24歳241.0千円、45〜49歳385.4千円、55〜59歳423.4千円がピークで、20代前半の1.76倍です。勤続を前提に人を置いていれば、この上昇分は毎年の自然増として積み上がります。外部要因による賃上げへの対応で自然増まで止めようとすると、勤続の長い査定担当から離職します。 |
| 人件費の高騰に使える助成金はありますか | 人件費の上昇分そのものを恒常的に補填する雇用関係助成金は確認できていません。キャリアアップ助成金の正社員化コースは、雇用の形を変えることに対する助成で、中小企業が重点支援対象者を有期雇用から正社員に転換した場合80万円(40万円×2期)です。正社員として6か月雇用で1期目、さらに6か月で2期目という後払いで、当月の資金繰りには効きません。中小企業事業主の判定は小売業として資本金5,000万円以下または常時雇用50人以下です。人件費を抑える目的で非正規雇用労働者の処遇を下げると不支給要件に触れます。年度途中で要件が変わるため、管轄の労働局・ハローワークへ確認してください。 |
| 人件費率の目標値をどこに置けばよいですか | 買取業の人件費率について、根拠にできる一次情報が確認できていないため、目標値は示しません。代わりに使えるのは、同規模の小売業と比べた位置です。中小企業実態基本調査で、粗利率が30%を下回っていれば小売業平均より低く、在庫回転期間が56日を超えていれば従業者5人以下の平均より滞留しています。人件費率を単独で追うのではなく、この2つと並べて、どちらが先に外れているかを見てください。 |
この課題の打ち手になりうる解決策を11件挙げます。直接の対処だけでなく、判断材料を得る手段や外部に頼る手段も含みます。











扱う商材によって、不要品の発生量も、値段が付くかどうかも、どこに売られるかも変わります。人件費の高騰をジャンル別に見たページを用意しています。
店舗を構えるか、出張に出るか、宅配で受けるか。買取形式によって前提となる商圏も、かかる規制も変わります。


